2011年3月の記事一覧
17日から開催しました「深井和子作品展」本日で無事千秋楽を迎えました。11日起きたあまりにも想像を絶する大震災に開催の是非を考えましたが、毎日TVから流れる状況に皆が暗く落ち込んだので、ひと時でも癒しになればと予定通り開催しました。
癒しの招き猫ちゃん達は本当に多くの方を、引き寄せていただきました。若いときにすごくお世話になった洋菓子店の社長ご夫婦がひょっこり何年ぶりに来店、その他にも思いがけない方々が店を訪れてくれました。深井さんのファンも根強く、中にはなんで知ったかと思う三条市からもそして福島から実家に避難してきた被災者も癒されていきました。
本日最終日は、深井和子さんご自身も来られ、大変賑やかになりました。深井和子さんは本当につかみどころのない人で、今日は全身黒の服に黒のとんがり帽子の井出達でまさに〝魔女〟、話しぶりはミル姉さん(昔バラエティで内村光良が牛の格好で桃井かおりの真似をした)そのもの。とぼけた話しぶりの深井ワールドに笑わせてもらいました。肖像権の関係で(ご本人の名誉の為(^^ゞ)画像はありません。
今私が出来ること。会場で義援金の募金をお願いしました。大勢の心ある方から温かなご厚情をいただきました。あとで、売上金の清算が終わったら一部を加えて赤十字に寄付してきます。
作品展の様子は詳細はこちらにアップしてます
今日は、右ひざ、両手首、背中、そしてその他所々に痛みが走ってます。その訳は
、昨夕店の裏口から配達に出ようとしたとき、道路方面でゴロゴロと何かが動く音が、辺りは急に強い風が吹きつけたような感じで瞬時にヤバイ!これは店頭ディスプレィのスタンドが風に流され道路に出た
音だと思い、ダッシュを試みた瞬間1歩目から思いとは裏腹に足が出て行かず、前のめりに。オットットッと5、6歩つんのめりながら堪えたが最後は耐え切れず大きな声だしながら前のめりに転倒、頭が営業車にもぐりこんだように仰向けに。私の異様な声を聞いて勝手口から妻が「どうしたの?」心配そうに来るが、大事になっていないことが分かると私のうずくまって痛がっている姿を見て大爆笑。いわゆる「ひとり運動会のリレーでお父さんがすっころぶ状態」を演じてしまいました。痛む足を引きずりながら道路に出たけど、スタンドは動いておらずどうやらポンコツ車の濁音だったようです。痛いやら情けないやら、せめてもの救いはマヌケなところを誰にも見られなかったこと、明日はもっと痛くなるかも。
こんなことで重苦しい雰囲気が少しでも和んでいただければお安い御用です。
あの忌まわしい東日本大震災が起きた翌日・翌々日、新潟清酒の大イベントである「にいがた酒の陣」が予定されてました。新潟県内の蔵元の清酒が一同に集まり試飲ができるというスケールの大きいイベントで、毎年7万人以上の人が訪れます。準備真っ最中の時に地震が起き主催者の素早い判断でこのイベントは即時中止を決定。
このイベントは酒蔵(酒造組合)の主催ですので私達小売店も一消費者であります。ところが、縁あって以前当店を紹介していただいたミニコミ誌が、酒の陣にあわせて新潟の酒蔵と新潟を紹介する保存版の小冊子を2万部発行するにあたり酒屋さんを紹介するコーナーを設けるいう案内をいただきました。県外からたくさんの人がくるので、当店のような吹けば飛ぶような酒屋を知る人もいないので、いいPRになると協賛金2万両を払い、冊子に掲載をお願いしました。これで行かずとも、何かのご縁ができるかと悪代官のようにほくそ笑んでいましたが、それも夢散。この冊子の2万部の行方は、県内の蔵元・観光協会と協賛店に配布されますが、これで一気にPR効果はほぼ薄れてしまいました。
でも、もしかしてこれを配布していたら、電話・メールが鳴りっぱなしで飯も寝る間もなくなって、自分が倒れていたかもしれない。間違いなく絶対に。(と良い方向に考えることにします。)
大震災で東北地方への荷物の取り扱いがストップしてましたが、運送業者から茨城県地域の荷物取り扱いが再開したとの連絡を受け、安否が取れ自宅にいる方にお見舞いを送ることにしました。でも何がいいか悩んだ末、適切じゃないかもしれませんが簡単で何にでも使えて栄養もある〝玉子〟を送ることにしました。その他、お客さんから親しくなったヒロシ(です)からは飯の友が欲しいといわれたので、缶詰や佃煮、お茶漬けなどを詰合せても用意。ところが、運送業者が引取りに来たら茨城県内でもまだ駄目な地域があると言われヒロシ(です)ともうひとつ撥ねられてしまいました。
ヒロシ(です。)、もう少し待ってろよ~。
あれから一週間が経ちました。今日もまた寒波で被災地に雪は見るに忍びない、時が経つのは早いというけれど、本当にこの時は早く過ぎて欲しいと願います。わが町の計画停電は中止になりましたが、なったつもりで午前中事務所の暖房を止めて、リーチイン・店内燈も消してついでに寒いのでプレハブ冷蔵庫の電源もOFFにして節電。夕方そろっと親しくさせてもらっているお客様のご様子が心配で、とりあえず茨城方面のお客様にTELを幸いかけた方々はとりあえずご無事でした。そんな時に心配してた福島の友人から携帯に連絡が・・彼は長く柏崎で勤務し意気投合しお客様以上の付き合いをしていました。そんな彼はやはりあの煮えたぎっている地獄釜の最前線で不眠不休で戦っていたそうですが昨日新潟市にいる弟さんの所に身を寄せたそうです。地震直後から現場や制御集中室で起きた地獄絵図を彼らしく淡々と語る。それは徐々に東電主導といより国主導でなければ手に負えない状況で切迫していることが伺える。この先は、どうなるのか。
寒波が来て、今朝は雪がありました。これはもちろん震災地でも同様で、暖房設備が整わない避難地での極寒な避難生活は焦燥感に追い討ちです。政府では分からないだろうが、寒さは尋常じゃないです。それなのに被災地じゃないところで、そして災害を知る者が物資を買占めをしてる姿は嘆かわしい。手間取る避難物資輸送ではなく、被災者をどんどんこちらに運ぶのが一番安心できるのではないだろうか。被災地じゃなけれ暖かくお風呂やトイレももう少しいい状態になるだろうし、自衛隊も復旧に専念できる。わが新潟県そして柏崎市も受け入れを初めて嬉しく思う。零細商店の私では、震災地までは行けないが、ここでなら何かしらもっと出来ることがあります。不謹慎ですが、温かな日本酒・甘酒を飲ませてやりたい、少しは気持ちが和らぐと思うのだが・・・・・
今回の大災害は、早くも全国に普及。計画停電で首都圏の交通網が麻痺、またガソリンがなくなると不安をあおるデマ?が流れあちこちのスタンドに長蛇の列、当地でもそんな動きが。また、東北地方の産業がすべて機能停止でそこからの出荷品は全てストップ逆に東北地方への供給もストップということは全国のすべての産業の販売量は激減、観光の風評被害も甚大で景気の悪化は避けられない。さらに福島での原発事故という未曾有の大惨事の影響は想像がつかない。当地も東京電力と深い関わりがあるので深刻な状況になるのは必然、。無論当店も影響は免れない。
それよりも、みんなから笑顔や笑い声がなくなったのが気がかりです。
毎年、何処かで災害が起きています。災害に大小はありません被災した者は誰もが辛い思いをします・・・。今回の大災害は不謹慎ながらCGを駆使した自然災害映画を見てるようです、でもどんな迫力満点な映画を見ても涙は出ません。しかしTVから流れる光景、再会、そして悲しい結果とういう現実が報道される度に目が潤みます。各TV局は総力を挙げて報道するのはいいけど、早くまだ支援がない避難場所を的確に伝達してもらいたい。私も避難生活の経験もあり辛さは分かるつもりですが、ただ夏だったので寒さはなく、局地的だったので支援も早かったのでどうにかなりましたが、あまりにも広範囲で避難物資の不足は胸が痛いです。孤立している非難者が早く救出されることが、今一番の願いです。安否が分からなくてその場を離れるのは辛いだろうけど、被災してない環境の良い他県が被災者をどんどん受け入れした方がもっといい支援できるのではないだろうか。
昨日の大災害の興奮が冷め止まらない中、早朝4時頃また大きな地震が起きる。今度は中越沖地震に似た振動が激しい揺れ、今度は長野を震源地とした大地震で東北地方の地震とは別物との見解。小さい時に見た映画「日本沈没」が頭をよぎる。一夜明けて更に被害が拡大です。
東北地方に親戚はいなのですが、気仙沼にはまさに津波で破壊された市場からサンマやホタテを送ってくださる高齢のお客様がおります。地図を見るとその市場の近くに自宅があるような、冬は千葉の別荘で越冬をしてるのですが、もしかしてもう戻られているのではないかと安否を案じました。試しにショートメールしたら程なく返信が、千葉にいて今気仙沼に向かっているとのこと。安心しました。
福島には東京電力の原子力発電所があり柏崎と縁があり柏崎から発電所に行っている人も多く、柏崎に勤務していて今福島発電所関係者も多くその方は住居もその付近です。夕方には恐れていた発電所で重大な事象が発生、現状では何もできません。無事を祈るばかりです。
当店を救っていただいた県内のボランティアさんがミクシィにメッセージでこれから被災地に向かうとのこと、頑張って欲しい。私の今できることは、何だろう。
多分日本全国が鎮痛な気持ちだろう、何処となしか静かな当地もさらに静まり返っています。
3時前、配達の準備中営業車の賑やかに話しているFMラジオのパーソナリティの声を遮る警報そして緊急地震速報が流れ慌てて車を止め店に入った直後、大きな横揺れがそれも異様に長く船酔いのような胃が気持ち悪くなりましたが、幸い被害もないと安堵していたら、TVから東北地方の大地震のニュースが・・・・そして恐るべき津波があちらこちらの町を飲み込む映像が出て声を失い、ただ見つめるだけ。時間が経つに連れさらなる大きな被害にあの時(中越沖地震)の記憶が甦り横揺れの時の気持ち悪さも手伝って胃がさらにムカムカ。あの時でさえ、メチャメチャになった店内や住まいに呆然として途方に暮れたのを鮮明に思い出しました、ただ建屋は残っていたので再起を計れましたが、津波で跡形もなくなった絶望感は幾許か。多くの人が生きていることを祈るばかりです。
明日から、新潟清酒の大イベント「酒の陣」でしたが、しっかりとした情報精査・分析で2時間後には中止の発表。いい決断です実行委員会に賛辞をおくります。
取引飲食店の店長さんが3月いっぱいで店を離れることになりました。この店長さんとは約20歳以上の年の開きがあり、お付き合いはわずか1年ちょっとですが、とても誠実で明るくそして気がよくきく、そして凄いことに数年前に世界一周の旅をしてきたという行動派の好青年です。自分探しの旅は、世界のいろいろな人と親交をしたことで人とのつながりの大切さを肌で感じ行き着いた答えは、ご他聞に漏れず過疎化、後継者不足に悩む地元(与板町)で少しでも元気にしたいという想いからお店を開くでした。約1年半の修行を経てもう一歩高みに向けて出発するそんな彼から、「一度飲みたい」と言われ非常に嬉しかったので二つ返事でOK 。場所は勉強を兼ねて長岡市で最近オープンしたお店を見たいとのことでいざ長岡へ。彼の可愛い奥さん(彼女も世界一周に同行し、一緒に店で修行して、昨年末待望の初子が生まれました)も同行ということで私も妻を連れていく。滅多にない夕方早々に店を閉めることになりましたが、それよりも大切なひと時でした。彼の愛嬌の良さ、仲間想いは必ず華を咲かせることでしょう。近くで店を開いて欲しいですが、何かあれば協力します。
約6年前ある一通のメールから交流が始まり今日まで良いお付き合いをさせていただいてる東京の亀さん。顔も分からないのにメールの文面だけでマニアやオタクでなく純粋に心から日本酒が好きで非常に好感があり、是非にとご家族で新潟まで来ていただきました。初対面ながら想像通りのナイスガイで久須美酒造をご案内しました。その時一緒に来ました愛娘さんはまだ幼稚園生か1年生くらいでしたが、人見知りせず誰にでも愛嬌を振りまき久須美酒造の事務の昔お姉さんを「お姉さん」と呼ぶ如才のない可愛い娘さんでした。あれから亀さんの英才教育のおかげで新潟フリークになり、先日久須美酒造が情報番組に紹介されるとご案内したところ家族で見ていただき、小さいながら鮮明に久須美酒造が甦ったそうです。今年で6年生になるのですが、漫画「夏子の酒」を読破し夏休みの自由研究の題材を「酒造り」にすると宣言したそうです。どうなるか分かりませんがもし本気なら全面的に協力をするつもりです。感性豊かな娘さんなので子供目線の酒造り研究楽しみです。今年は新潟に足を運んでくれそうなのでちょっぴり大人になった娘さんにそして亀さんファミリーに逢えるのも楽しみです。
久須美酒造の応接室にて、専務から蔵の説明を受けているその脇で、ちょこちょことメモ帳に私を書いてくれました。私の家宝です。
最近、池上彰氏のビジネス書を読んだときに、「伝える力」を養うのに小説を読むことは大切だと書いてありました。ビジネスマンはこういう激動の時代ついついビジネス書や自己啓発本ばかり手に取ってしまいがちですが、小説の中の主人公を自分に置き換えて見るとビジネスに通ずる様々な考え方や状況のシュミレーションができ倫理観・行動力のヒントにつながり、また雑学やボキャブラリーが増えると事。小説を読む時間・余裕はないと考えがちですが、寝る前の15分でもいいと言われると感化されやすい私はついついその気になりました。私こうみえても本を読むのは嫌いじゃありません。古くは小学生の時は、学校の図書館で本を借りまくっていました特に「怪盗ルパン」「怪人二十面相」などを好み、高校の時は森村誠一、大藪春彦などを愛読。どちらかと言うと社会派やハードボイルド系が好きですが、たまに叙情的な立原立秋も好きでした。早速本屋へ行き、最近の仏像好きのせいか目に留まった2冊をチョイス。
昨年見た、世界3大微笑と言われる国宝「半跏思惟像」が表紙にあった浅見光彦シリーズの本と、日本人のルーツを探る本です。
午前中、国道に近い神社に配達へ行った帰り、公道に出ようと右折ウィンカーを出
して待っていると、車が止まってくれて頭を下げてお礼をしながら出た瞬間猛スピードの車が目の前を通過、間一髪で接触を免れました。そう、この道路国道に繋がる道で神社の出口は直進と右折の2車線あります。慣れた道だし今までも気をつけていたつもりなのに、そういえばこのところちょっと浮かれたり浮ついたり少々気持ちが緩んでいたような気がします。「しっかりせい!」という神の戒めの声が聞こえました。
後で、その神社にお賽銭をしてこようっと。